勝手にキリバン企画 ~のわーるの軌跡その3~
2010年9月9日 のわーるの軌跡 コメント (5)いったいどれくらい放置していたのやら・・・。
ってかこれ誰得の企画だよ!?www
その1⇒http://ky1105.diarynote.jp/201003130155381429/
その2⇒http://ky1105.diarynote.jp/201003210247532196/
今回は中学生?編
自分のポケカ史の中で一番重要な時期になりうるところです。
=====================================
・俺のポケカ道① ~強者の巣窟~
中学2年の時だったかな?
その時まで行ってたジムチャレが土曜日しかなくて、部活やらなにやらでいけない日が続いてしまう。
他のお店にも行きたいな~とちょうど思っていたので、ネットで調べてみると・・・・。
毎週ジムチャレを開いているお店を発見!
しかも! 当時ADV環境に入ったというのにレギュは無制限!
前にもこんなお店があったな~と思いつつ、ポケカに慣れてきたすえんくんと出撃。
地下鉄の駅から20分ほど歩いて会場のお店に到着。
お店には優しそうな店員さんがいて、ポケカの大会に出たいというと店内の一角に置かれた対戦スペースへ案内される。
そこではすでにみんなでフリー対戦してたところ。結構人数も多くて盛り上がってたんだけど、このお店で一番印象的だったのは・・・・
大人の人がカードゲームやってること!!www
当時の俺には衝撃的! なんで子供の遊びを大の大人が!?
(今はこんなこと一切思ってませんw)
そんなことを思いつつも大会スタート。
その店舗で始めての対戦は女の子だったような。。
相手のバトル場はグラードンM(マグマ)。技は結構強かったけどPB「パワーセーバー」でベンチに3体のM(マグマ)ポケモンがいないと攻撃できないという縛りがあったので、俺達兄弟の間では弱いの分類だったカード。
ふふふ。さてはこいつあんま強くないなw
しかし、これが間違いだと気付いたのは対戦中盤。
マグマポケモンを4体揃えてすぐに殴ってきたが、倒しても倒してもすぐに次のグラードンMが来る。倒してもサポーター「マツブサ」(?)で復活するし、中途半端にダメージを与えるとハギ老人で手札に戻る。
当時、ハギ老人なんて使えないサポーターwwwって認識だったので、この対戦で使われた時はこいつも衝撃的だった。
結果は言うまでもなく負け。。
そのあとフリーを2戦・・・だけして帰った。時間的にはもう2戦出来たのだが。。
つ、強すぎる! ここの人たち!!
誰と対戦しても、こっちが有利な状況になってもまとわりつく重苦しい空気。
いつ負けるか・・・いや、俺には勝てる可能性があるのか、もしかしたら0%じゃないか?という今までにない重圧。
対戦をするのが怖いという感覚を始めて味わった。
それでも俺はこの人たちに勝ちたい!と思った。負けたくない!と思った。
そしてそこに通い始めたのだった。。
=====================================
・俺のポケカ道② ~知らない世界~
その店舗には高校1年の春まで通い続けた。
勝った回数よりも圧倒的に負けた回数の方が多かったが、そんなのは構わない。勝つか負けるか分からない、あのギリギリの感覚が楽しくなってきたのだ。
まー、何回行っても自分より強い人に話しかけることが怖くて、ものすごいアウェイ感はあったけどw
こういう強い人たちのところに行くと、発見できる新しいことの数々。
当時の俺には衝撃的だったことをいくつか紹介。
1.親子プレイヤー
いや~信じられんかった。だってあれだぜ?
うちじゃ~「カードぉ?そんなのに金掛けて!」「カードなんてする暇あるなら勉強しなさい!」ってのが当たり前だったからさ。
親と子供が一緒の空間で遊ぶなんてことが、通い始めた時は不思議で不思議で。。
んでびっくりなのは一番遅くまで残ってフリー対戦してるのが、親子プレイヤーの方々なんだよ。
「ほら。もう行くヨ!」って言われてそそくさと帰る俺にとっては羨ましいのなんのって。
やっぱ親子の方が多かったからかな~?
そんときちょうど始めたDMの大会とは雰囲気が全然違かったのは当時の俺でも感じることができた。
あんときの俺はこの店舗だけが特殊って思ってたけど、全然そんなことなかったんだよな~。
今思えばこれがポケモンカードのあるべき姿。ポケモンというとっつきやすい存在から親子のコミュニケーションを深める。
今までお会いした親子プレイヤーさんはどれも温かい家族だったと思いますわ。
2.公式大会入賞
この店舗に通い始めて最初のバトルロード。
結果を見てみると、どのリーグもどこかで見たことのあるようなメンツばかり。
話を聞いてみるとその店舗の常連で上位を独占することはよくあることらしい。
・・・お、おれはこんな強い人たちとやってたのか。。
そ、そういえば、お店の方にサインカードがいくつかあったり・・・。
・・・・お、おそろしいorz
3.店員さんが・・・
あの店員さん店長だったんだ。・・・結構後から知りましたw
んでさらに話を聞くと俺が小6の時にいったお店にもいたらしい。これには驚いた!
4.ついでに
忘れられない1戦をピックアップ。
2,3回目に来た時に、トーナメントが終わったらすぐに帰ろうとした俺に店長さんが「フリーしてったら?」と誘いの言葉を。
初めて来た時以来、この店舗には強者しかいないと感じでフリーはあんまりしたくなかった訳で。。
店長さんについていくと、優しそうなお父さんプレイヤーを紹介される。んで、そのまま1戦。
一戦目はこちらの勝利。ちょうどその時ハーフのトーナメントでこの店舗に来て以来、初めて優勝したのだ。このデッキは自信作。負けるわけがない。
二戦目は相手の方がデッキチェンジして対戦。
あっちの場にはヨーギラスδ(炎)が2体。こっちはというとバトル場に1体だけのスタートとなり、引いても種が出てこない。
しかし、相手のお父さんはなぜかベンチのヨーギラスにエネを付けていく。
バンギラスにするつもりか? でもバンギδの最大火力は70。こっちのポケモンは一撃じゃ倒されないぜ!
なんとか進化して相手のバトル場のヨーギラスを倒す。次に出てきたのは炎エネが3つ付いたヨーギラスδ。 さー、進化させるのか? しかし俺の予想に反して相手が使ったカードは・・・・そっくりテレポーター!!
ヨーギラスδをトラッシュして持ってきたのは・・・・ギャラドス☆!!!!
そして技はフィニッシュバーン!!! とりあえず良く分からんダメージで俺のポケモンが気絶!
・・・・そ、そっくりテレポーターだと!?
当時そっくりテレポーターの使い方が全く分からなかった俺にとって衝撃的だった。
よわっち~ヨーギラスがいきなりギャラドス☆になるなんて!
それ以来そのパパさんプレイヤーにはお世話になった。
他の人が強すぎて話せなかったが、唯一その人には話ができたし、ポケカに関していろいろアドバイスをもらった。
箱買いするアドバイスをもらったのもこの人からである。
2007のスプリングを最後に、その人は仕事の関係で関西の方に行ってしまったが・・・。
まー、すえんくんのおかげで行けたWCSファイナルで3年ぶりに再開することができたし。。
あの時はホントお世話になりました。
===============================
こんな感じでこの店舗にはいろいろお世話になった。
トーナメントを意識して戦う今の俺があるのはこの店舗に通った数年間があったからこそである。
話しをかけずらかった人たちとは、今では普通に話せるし、このDNも見てくれているらしい。
たまに、すえんくんとジムチャレにおいで~!とも言われる。
俺が高校1年の時に宮城県内の幸町に移転したあとも店舗の凄腕プレイヤー・・・・後に県内強豪となる「チームサニラン」の方々からポケカのことをいろいろ学んだ。
そこの店長さん・・・・てんちょーも未だにお世話になっている。小6から考えるともう8年の付き合いだ。
この店舗のことを語らなければ親子プレイヤーではない俺のポケカ道は語れないといっても過言ではない。。
この数年間で俺は強くなった。それを実感する瞬間はすぐに来ることとなる。
いざ、戦いの舞台へ・・・・。
ってかこれ誰得の企画だよ!?www
その1⇒http://ky1105.diarynote.jp/201003130155381429/
その2⇒http://ky1105.diarynote.jp/201003210247532196/
今回は中学生?編
自分のポケカ史の中で一番重要な時期になりうるところです。
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・俺のポケカ道① ~強者の巣窟~
中学2年の時だったかな?
その時まで行ってたジムチャレが土曜日しかなくて、部活やらなにやらでいけない日が続いてしまう。
他のお店にも行きたいな~とちょうど思っていたので、ネットで調べてみると・・・・。
毎週ジムチャレを開いているお店を発見!
しかも! 当時ADV環境に入ったというのにレギュは無制限!
前にもこんなお店があったな~と思いつつ、ポケカに慣れてきたすえんくんと出撃。
地下鉄の駅から20分ほど歩いて会場のお店に到着。
お店には優しそうな店員さんがいて、ポケカの大会に出たいというと店内の一角に置かれた対戦スペースへ案内される。
そこではすでにみんなでフリー対戦してたところ。結構人数も多くて盛り上がってたんだけど、このお店で一番印象的だったのは・・・・
大人の人がカードゲームやってること!!www
当時の俺には衝撃的! なんで子供の遊びを大の大人が!?
(今はこんなこと一切思ってませんw)
そんなことを思いつつも大会スタート。
その店舗で始めての対戦は女の子だったような。。
相手のバトル場はグラードンM(マグマ)。技は結構強かったけどPB「パワーセーバー」でベンチに3体のM(マグマ)ポケモンがいないと攻撃できないという縛りがあったので、俺達兄弟の間では弱いの分類だったカード。
ふふふ。さてはこいつあんま強くないなw
しかし、これが間違いだと気付いたのは対戦中盤。
マグマポケモンを4体揃えてすぐに殴ってきたが、倒しても倒してもすぐに次のグラードンMが来る。倒してもサポーター「マツブサ」(?)で復活するし、中途半端にダメージを与えるとハギ老人で手札に戻る。
当時、ハギ老人なんて使えないサポーターwwwって認識だったので、この対戦で使われた時はこいつも衝撃的だった。
結果は言うまでもなく負け。。
そのあとフリーを2戦・・・だけして帰った。時間的にはもう2戦出来たのだが。。
つ、強すぎる! ここの人たち!!
誰と対戦しても、こっちが有利な状況になってもまとわりつく重苦しい空気。
いつ負けるか・・・いや、俺には勝てる可能性があるのか、もしかしたら0%じゃないか?という今までにない重圧。
対戦をするのが怖いという感覚を始めて味わった。
それでも俺はこの人たちに勝ちたい!と思った。負けたくない!と思った。
そしてそこに通い始めたのだった。。
=====================================
・俺のポケカ道② ~知らない世界~
その店舗には高校1年の春まで通い続けた。
勝った回数よりも圧倒的に負けた回数の方が多かったが、そんなのは構わない。勝つか負けるか分からない、あのギリギリの感覚が楽しくなってきたのだ。
まー、何回行っても自分より強い人に話しかけることが怖くて、ものすごいアウェイ感はあったけどw
こういう強い人たちのところに行くと、発見できる新しいことの数々。
当時の俺には衝撃的だったことをいくつか紹介。
1.親子プレイヤー
いや~信じられんかった。だってあれだぜ?
うちじゃ~「カードぉ?そんなのに金掛けて!」「カードなんてする暇あるなら勉強しなさい!」ってのが当たり前だったからさ。
親と子供が一緒の空間で遊ぶなんてことが、通い始めた時は不思議で不思議で。。
んでびっくりなのは一番遅くまで残ってフリー対戦してるのが、親子プレイヤーの方々なんだよ。
「ほら。もう行くヨ!」って言われてそそくさと帰る俺にとっては羨ましいのなんのって。
やっぱ親子の方が多かったからかな~?
そんときちょうど始めたDMの大会とは雰囲気が全然違かったのは当時の俺でも感じることができた。
あんときの俺はこの店舗だけが特殊って思ってたけど、全然そんなことなかったんだよな~。
今思えばこれがポケモンカードのあるべき姿。ポケモンというとっつきやすい存在から親子のコミュニケーションを深める。
今までお会いした親子プレイヤーさんはどれも温かい家族だったと思いますわ。
2.公式大会入賞
この店舗に通い始めて最初のバトルロード。
結果を見てみると、どのリーグもどこかで見たことのあるようなメンツばかり。
話を聞いてみるとその店舗の常連で上位を独占することはよくあることらしい。
・・・お、おれはこんな強い人たちとやってたのか。。
そ、そういえば、お店の方にサインカードがいくつかあったり・・・。
・・・・お、おそろしいorz
3.店員さんが・・・
あの店員さん店長だったんだ。・・・結構後から知りましたw
んでさらに話を聞くと俺が小6の時にいったお店にもいたらしい。これには驚いた!
4.ついでに
忘れられない1戦をピックアップ。
2,3回目に来た時に、トーナメントが終わったらすぐに帰ろうとした俺に店長さんが「フリーしてったら?」と誘いの言葉を。
初めて来た時以来、この店舗には強者しかいないと感じでフリーはあんまりしたくなかった訳で。。
店長さんについていくと、優しそうなお父さんプレイヤーを紹介される。んで、そのまま1戦。
一戦目はこちらの勝利。ちょうどその時ハーフのトーナメントでこの店舗に来て以来、初めて優勝したのだ。このデッキは自信作。負けるわけがない。
二戦目は相手の方がデッキチェンジして対戦。
あっちの場にはヨーギラスδ(炎)が2体。こっちはというとバトル場に1体だけのスタートとなり、引いても種が出てこない。
しかし、相手のお父さんはなぜかベンチのヨーギラスにエネを付けていく。
バンギラスにするつもりか? でもバンギδの最大火力は70。こっちのポケモンは一撃じゃ倒されないぜ!
なんとか進化して相手のバトル場のヨーギラスを倒す。次に出てきたのは炎エネが3つ付いたヨーギラスδ。 さー、進化させるのか? しかし俺の予想に反して相手が使ったカードは・・・・そっくりテレポーター!!
ヨーギラスδをトラッシュして持ってきたのは・・・・ギャラドス☆!!!!
そして技はフィニッシュバーン!!! とりあえず良く分からんダメージで俺のポケモンが気絶!
・・・・そ、そっくりテレポーターだと!?
当時そっくりテレポーターの使い方が全く分からなかった俺にとって衝撃的だった。
よわっち~ヨーギラスがいきなりギャラドス☆になるなんて!
それ以来そのパパさんプレイヤーにはお世話になった。
他の人が強すぎて話せなかったが、唯一その人には話ができたし、ポケカに関していろいろアドバイスをもらった。
箱買いするアドバイスをもらったのもこの人からである。
2007のスプリングを最後に、その人は仕事の関係で関西の方に行ってしまったが・・・。
まー、すえんくんのおかげで行けたWCSファイナルで3年ぶりに再開することができたし。。
あの時はホントお世話になりました。
===============================
こんな感じでこの店舗にはいろいろお世話になった。
トーナメントを意識して戦う今の俺があるのはこの店舗に通った数年間があったからこそである。
話しをかけずらかった人たちとは、今では普通に話せるし、このDNも見てくれているらしい。
たまに、すえんくんとジムチャレにおいで~!とも言われる。
俺が高校1年の時に宮城県内の幸町に移転したあとも店舗の凄腕プレイヤー・・・・後に県内強豪となる「チームサニラン」の方々からポケカのことをいろいろ学んだ。
そこの店長さん・・・・てんちょーも未だにお世話になっている。小6から考えるともう8年の付き合いだ。
この店舗のことを語らなければ親子プレイヤーではない俺のポケカ道は語れないといっても過言ではない。。
この数年間で俺は強くなった。それを実感する瞬間はすぐに来ることとなる。
いざ、戦いの舞台へ・・・・。
コメント
あぁ懐かしいw
確かにサニランメンバーはバトルロードは上位ばっかりでしたねw
俺も後々とんでもない所だと気付いて行きましたww
サニラン勢以外には勝てるんじゃ・・・って変な自信もった時期もあったな~w
いや~それにしても、バツローオトゥには世話になったよ!
サニランメンバーって強いよなーって思わされますねw
このポケカ過疎期にあって毎回コンスタントに10~20名は参加してて、
それでいてみんな強いってどんな店舗だよっていうw
次回期待してますw
ずっと待ってましたよっっ。やっぱり前述のお兄さんがてんちょーさんだったんですね。
んも~ハギ老人とかそっくりテレポーターとかδ種とか…懐かしいワード達が並ぶねぇw
最後のパパさんってバツローグオトゥさんで良いのかな?
意外な繋がりを見せてもらって、また一つオトゥさんの魅力が広がったような気がしますw
最初は、女の子2人だけで行かせるのにはどうかとも思いましたが。
しかも荒巻時代は完全に送迎のみ。メンバーも誰が誰だか分からなかった。
幸町に移ってから一旦帰宅出来なくなり、ジムチャレの現場を見学するようになりました。その2,3時間が長くてね~(^^;
それでもそんな強豪が揃っているお店だと思ってなくて。
バツ君が引っ越してからもう3年経ってたんですね。ちょっと驚き!